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もうひとつの甲子園 〜聖地への遥かなる道〜

私たちは現在、会社の軟式野球チーム(クラブチーム)に所属しています。
出場している大会は軟式野球連盟(JSBB)の大会やプライベートの大会です。
私たち自身、様々な大会を体験しておりますが、少し前から描いている夢があります。
それは・・・「甲子園球場で野球がしたい!!」
「もう一度過去に目指した甲子園球場を目標に野球がしたい!!」
「甲子園球場で優勝したい!!」です。
野球人なら誰もが目指す聖地甲子園です。

そこで、現在行われているプライベート大会のように、それぞれが自主対戦で予選やトーナメントを行い、
決勝大会をメイン球場でする大会なら、甲子園球場をメイン球場として大会ができるのではないか?と考えたのです。
受け身ではなく自ら始動し実現しようと思いました。

現在の軟式野球界で皆が忘れかけているであろう「青春時代」をもう一度思い出し、
『もうひとつの甲子園』という夢の舞台で野球ができれば・・・ そこで優勝できれば・・・
こんな素晴らしい大会はないと考えております。
 
軟式野球には企業チームをはじめ、クラブチーム、草野球チームなどたくさんのチームがあります。
その中に、私たちのような想いを持っているチームや選手は、あふれるほどあると確信しております。
ぜひとも実現したく、この企画を提案致しました。

甲子園球場は野球人の憧れの聖地であり、常に追い求めている夢の野球場です。
どうか私たちの夢が叶いますように、ご賛同お願い申し上げます。

平成17年1月吉日  株式会社ナック 甲子園カップ実行委員会一同




昔日の若き血潮をもう一度

昭和34年度、全国高等学校日本選手権第41回大会、大阪市立の商業高校、
野球部員20人足らず、区画整理中の土の部分で練習した日々。
甲子園など脳裏にはまったくなく、ただ野球を、白球を追っていた。
俗に言う横道にそれず、お金はかからず、ただ学校と家の往復のみ。
捕手の道具は公立とはいえ、学校側が揃えてくれる。親に負担をかけない。

そんな軽い気持ちで野球を始めた。

卒業してから野球をするなら「甲子園球場で・・・」が、
根拠はなしに“最高峰”に希って(こいねがって)から40年の歳月。
その夢を息子二人に託し、野球に理解のある親にしかなれなかったが、
今ここに一時的な感動の高揚ではなく、甲子園球場が存在する時代に・・・
身を投じている社会の存在する時代に・・・自分の身体が動く間に・・・
若き時期に憧れた甲子園の土を踏みしめたい。
もし、ご賛同いただけるならば、この意義ある大会の若き血潮の甲子園を・・・
私どもの熱き想いを・・・後世に伝えるべくお役にたちたいと考えます。
男、80歳にして野球を・・・甲子園への想いを・・・
『私の甲子園』として、『もうひとつの甲子園』として子、孫に語り続けたい。
なんのとりえもない人生に、小さな誇りが築けるかも?の想いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

平成17年1月吉日  株式会社ナック 代表取締役 吉川吾朗