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もうひとつの甲子園 〜聖地への遥かなる道〜 |
昔日の若き血潮をもう一度 昭和34年度、全国高等学校日本選手権第41回大会、大阪市立の商業高校、 野球部員20人足らず、区画整理中の土の部分で練習した日々。 甲子園など脳裏にはまったくなく、ただ野球を、白球を追っていた。 俗に言う横道にそれず、お金はかからず、ただ学校と家の往復のみ。 捕手の道具は公立とはいえ、学校側が揃えてくれる。親に負担をかけない。 そんな軽い気持ちで野球を始めた。 卒業してから野球をするなら「甲子園球場で・・・」が、 根拠はなしに“最高峰”に希って(こいねがって)から40年の歳月。 その夢を息子二人に託し、野球に理解のある親にしかなれなかったが、 今ここに一時的な感動の高揚ではなく、甲子園球場が存在する時代に・・・ 身を投じている社会の存在する時代に・・・自分の身体が動く間に・・・ 若き時期に憧れた甲子園の土を踏みしめたい。 もし、ご賛同いただけるならば、この意義ある大会の若き血潮の甲子園を・・・ 私どもの熱き想いを・・・後世に伝えるべくお役にたちたいと考えます。 男、80歳にして野球を・・・甲子園への想いを・・・ 『私の甲子園』として、『もうひとつの甲子園』として子、孫に語り続けたい。 なんのとりえもない人生に、小さな誇りが築けるかも?の想いです。 どうぞよろしくお願い申し上げます。 平成17年1月吉日 株式会社ナック 代表取締役 吉川吾朗 |